大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(オ)167号 判決

上告人

八木幸吉

被上告人

兵庫縣選挙管理委員会委員長

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士木崎爲之上告理由について。

原審における原告の主張は、必ずしも明確であつたということはできない。原告準備書面によれば、「参議院議員選挙法第五十七條(衆議院議員選挙法第七十條)には、当選人は選挙の期日後において被選挙権を有しなくなつたときは当選を失う、と規定しておるが、原告は選挙の期日後追放により、被選挙権を失つたのである。而して其の追放の効力を爭つているのである。訴訟の提起については同法第七十三條によると衆議院議員の選挙又は当選の効力に関する訴訟の例により訴訟を提起しうることになつている。‥…それで本件の当選の効力を爭う点については、衆議院議員選挙法第八十三條の規定により選挙長即ち選挙管理委員会委員長を被告とした次第である」と述べている。かように、

(一)  原告が参議院議員選挙法(以下参選という)第五十七條及び第七十三條を基本として主張していることから言つても、又

(二)  明らかに「本件の当選の効力を爭う」という字句を用いていることから言つても、そして又

(三)  本件は最初神戸地方裁判所に提起されたが、同裁判所はこれを当選の効力に関する訴訟であるとして、大阪高等裁判所の管轄に属するものと認め、原審に移送され、原告はこれに対し即時抗告(旧民訴第三三條)をせず移送決定は確定した経過から言つても、さらに又

(四)  原告が請求の原因として援用した前記移送決定理由記載事項の中には、「原告は依然として前記選挙において決定された当選を失うものではないから、参選第七十三條、衆議院議員選挙法(以下衆選という)第八十三條第一項に基き被告に対し右当選の有効なることの確認を求めるために本訴に及ぶ」と表示されていることから言つても、原審が本件を当選の効力に関する訴訟として取扱つたことは、むしろ当然であつて所論のような違法は存在しない。

次に参選第五十七條(衆選第七〇條参照)に、「当選人は、選挙の期日後において被選挙権を有しなくなつたときは、当選を失う」とあるは、選挙会における当選決定を受けて当選人となつた者が、当選承諾の届出をすることによつて議員となるまでの間に、被選挙権を有しなくなつた場合について、当選人としての失格を定めたものと解するを相当とする。法律は、当選人と、議員とを明確に区別している。そして、被選資格を失つた当選人の失格を定めたのが、前記法條であり、また被選資格を失つた議員の失格については、國会法第百九條において「各議院の議員が、法律の定めた被選の資格を失つたときは、退職者となる」と定めている。それ故、参選第五十七條の解釈に関する原審の見解は正当であつて、所論の見解には賛同することができない。しかも、本件は、上告人が当選承諾の届出をして議員となつて後失格したものではあるが、前記國会法第百九條により議員としての被選資格を失つたために失格して退職者となつたものではない。すなわち、上告人は、通常の被選資格を失つた者ではなく、いわゆる追放令(昭和二二年勅令第一号)第三條の適用により、覚書該当者としてその指定があつた日から二十一日目において、参議院議員という主要公職を失つた者である。從つて、原判決が、本件をもつて上告人の主張に反し参選第五十七條にいわゆる当選を失つた場合に該当しないとしたことは、その理由づけにおいて本件の具体的事実に妥当しないところはあるが、その結果においては正当であつて、この点に関する所論は理由がない。また仮りに、本訴を所論の如く「現在でも参議院議員であることを認めて頂きたい」という請求の趣旨であるとすれば、それは、理由の存否は兎も角として、議員の資格に関する爭訟であり、これを裁判するものは憲法上各議院であつて、司法裁判所ではないと言わなければならぬ(憲法第五五條、國会法第一一一條以下)。そして又、本件の被告が被告としての当事者適格を有しないことも明白である。だから、本訴は何れにしても不適法として却下せらるべきものであつて、原判決の結論は結果において正当であると言わなければならない。なお最後に、上告人が覺書該当者として指定せられたことが有効であるか否かと上告人の当選が有効であるか否かとは全く別個の問題である。議員に当選しても又は当選しなくてもそれに拘わりはなく、覺書該当者としての指定はあり得る訳である。それ故、所論の二つの訴訟が「必要的併合訴訟とも名ずくべき性質のもの」ということはできないし、所論独立して結審したことに何等の違法はない。前述のごとく本件を分離して移送決定をしたのに対して、上告人は即時抗告をもせず、却つて移送決定理由記載事項を請求原因として援用した程である。從つて、二つの別の裁判所に繋属する別の事件が別異に結審されることは当然であつて、何の不思議も違法も存在しないのである。されば、上告理由はすべて採用することができない。

よつて、民訴第四百一條、第八十九條、第九十五條により主文のとおり判決する。

本判決は、裁判官全員の一致した意見である。

上告代理人木崎爲之の上告理由

一、原判決は

「原告訴訟代理人は昭和二十二年四月二十日執行せられた参議院選挙に於いて兵庫縣選挙区地方選出議員の選挙会が同選挙区の地方選出議員候補たる原告を当選人と決めた決定の有効であることを確認するとの判決を求め云々」と事実の冐頭に摘示しているが、上告人は決して「当選人と決めた決定の有効であることを」求めて居るものではないこの文字の使用方法は原審が巧妙に駆使したものであつて訴状に明白なように上告人(原告)が求めたところのものは、

「原告が参議院議員に当選したことが有効であることを確認せよ」というに在り而もその請求原因を追放の無効であることに求めて居るものであるから訴訟全体の趣旨から言つて

「原告が参議院議員に当選したことが有効であることを確認せよ」

ということは、

「現在でも参議院議員であることを認めて頂き度い」という請求の趣旨であることは一点の疑が無い上告人は原審判決が殊更に

「原告を当選人と決めた決定の有効であることを確認するとの判決を求め」云々と云つて居る意味が不明のみならず実に諒解に苦しむものである。

本訴が選挙訴訟であるか無いかの問題は別として本訴は「議員の資格を認めてくれ」と要求しているのである。而して被告を兵庫縣会議員選挙管理委員会委員長としたのは衆議院選挙法第八十三條の規定を準用したのである。そこで本訴は「参議院議員たる資格を認めてほしい」旨判然と書かなかつたけれども訴訟の全趣旨から見てこの通りであること絶対間違はない唯上告人が衆議院議員選挙法第七十條及第八十三條参議院議員選挙法第五十七條及第七十三條を適用又は準用したのは追放無効について選挙に関する最も関係深い前掲條項に準拠して本訴を提起した迄のことであつて訴訟に於ても昭和二十三年七月三十日付準備書面に於いても「追放によつて被選挙権を失つた」を原因として総理大臣を相手に追放無効の確認を求め他方本件被告に対して「議員たる資格―当選の有効」を確認せよと叫んで居る次第である。

從つて訴訟の相手方たるが不適当であると云うので却下されるならば一應諒解できるが訴訟の本質を篤と会得しながら唯参第七十三條衆第八十三條により本訴を提起する権能を有する限りでないと判示したのでは問題の本質に触れ 居らぬ上告人が挙示した條文の如何に拘らず相手が適当であり請求の原因が明々白々ならば堂々と本論に入るべきではなかろうか或は之をもつと具体的に言うならば

「原告の主張は結局議員の公務員たる資格について爭つて居るのであるから選挙管理委員会委員長を被告とすべきでないとて却下するならば一應うなづける

然し本件に於いて上告人が追放されて資格が喪失する時に直ちに補欠選挙を開始するのが本件の裁上告人なのであるから本件被上告人が適格でないとは言い切れぬのみならず寧ろ本訴は被告以外の者を相手とする必要は無いと言へる原判決がこの間の消息にメスを入れることはなくほんの形式論、即ち上告人が原審で挙示した條文に拘泥して訴訟を却下したことは眞に遺憾に堪えない

二、衆第七十條に関する原審の解釈は実に狹量であり非民主的であるかくの如く法文を国民に不便に解釈すべきものではない、当選人が選挙期日後に於いて被選挙権を失つた場合には当選を失うと言う文句を解して当選の喪失は当選の承諾前に於いてのみ存するという解釈は原審の断つている様に多少の條文解釈をなし得る余地はあるとしても文章自体を素直に読み下す時は当選承諾を限界とする等という狹量な解釈は出て來ないばかりで無く議員の資格は被選挙権の存在することが大前提となつているから被選挙権が喪失した場合に議員が之を爭うことは当選の承諾の前後を問うところではないし選挙法の何処を見ても議員の資格についての訴訟を規定して居らぬ事実に徴しても衆第七十條参第五十七條の規定はもつと広く解釈すべきである。

又衆第七十條に「当選を失う」とあるのは当選という瞬間的の事実をのみ指称するのではなくて議員の資格のある状態をも当選というのである又衆第六十九條第一項に当選人という言葉を使つて居るがこの言葉も決して当選した瞬間のみの呼称でなくて議員たる資格の継続的名称とも称することが出來る

故に本訴が仮令衆第七十條及第八十三條それ自体によつて出訴したものであると仮定しても原審判決のように簡單に却下されるべき筋合のものでない

三、尚本訴は日本國憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急的措置に関する法律第八條によつて提起したもので本件訴状に明なる如く

追放無効確認は総理大臣を被告とし議員であることの確認請求は本件被上告人を被告として

同じ訴状に共同被告として提起したものである

即ち本件は右訴状に於いて示すが如く

「原告が議員であることを認めて下さい」というのが本当の請求趣旨であることは前述の通りである

從つて本件が選挙訴訟であると否とに不拘本件は独立せる訴訟ではなく前掲追放無効訴訟と必要的併合訴訟とも名ずくべき性質のもので本件のみを独立して結審すべきものでないと考へる

四、本件の如きは稀に起るべき訴訟であるから御廳に於いては愼重御審理下され各般の論点について明快なる判例を示されんことを望んで已まざる次第である

五、尚憲法第五十五條に議員の資格について議会が裁判する旨を規定してあるが之は議員の職に在るものがその資格について問題がある場合の裁判についてであつて本件の如く一應議員の資格を喪失したことの取扱を受けているものには適用されない規定である

從つて本件上告人の如き立場に在るものがその資格を爭う場合には本訴を以つて爭うより外道がない

左すればこの点についても充分なる御審理を切望するものである。

六、尚兵庫縣選挙関係当局に於いて、上告人を一日でも早く敗訴に確定せしめて補欠選挙を急いでいる様相顯著であるが確たる情報によると最高裁判所も亦予断を抱いて之に同調していることが観取出來る。同法に関與する者に取つてこの位不愉快なことはない。

何故政府や地方廳の政治に裁判所が追随せねばならぬか上告人は特に最高裁判所の権威保持に対して衷心よりその自重と審理の公平嚴正を期待するものである。

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